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食卓音楽


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2010年1月29日
「YUI for 雨音薫/Good-bye Days」

122回目の今日お届けしたのは、「YUI for 雨音薫/Good-bye Days」でした

「僕が彼女に初めて出会ったのは、2004年2月に行われたソニーミュージックグループのSDオーディションの最終審査会場でした。この年のSDオーディションは、全国から10万通もの応募があって、一次審査となる書類審査、二次審査を経て、東京で最終審査が行われたんです。審査会場に現れた、彼女からは、「この子は、何かをやってくれるのでは」という期待感と言うか、独特の雰囲気、存在感を感じることができました。それは、僕以外の、他のオーディションスタッフも、同じように感じていたそうです」。
後に制作担当ディレクターを務める市原さんは、当時についてこう振り返ります。
1987年3月、福岡県・糟屋郡古賀町(現在の古賀市)に生まれたYUIは、幼い頃から歌を歌うことが大好きで、カーステレオやラジオから流れてくる松任谷由実、大黒摩季の曲に合わせて、歌を口ずさんでいたと言います。そして、彼女が15歳になった頃から、その時、彼女が感じた心情を、日記代わりに詩に綴って、その綴った詩に合わせて、ギターで弾き語りをするようになります。
2002年、YUIは、偶然耳にしたアヴリル・ラヴィーンのアルバム『LET GO』から、「10代の女の子でも、こんな音楽がやれるんだ」という衝撃を受け、彼女自身も音楽の道を志すようになります。その後、YUIは地元・福岡天神のストリートミュージシャンと出会い仲良くなり、やがて、自らもストリートミュージシャンとして街角に立つようになります。さらには音楽塾に入って作詞・作曲の勉強を始め、シンガーソングライターとしての道を歩み始めます。
こうして、2004年2月、YUIは、音楽塾のスタッフの薦めもあって、ソニーミュージックグループのSDオーディションに応募するのでした。
「他の参加者は、スタンドマイクを前に歌っていたんですが、彼女は違っていました。会場の中央に歩み寄ると、いきなりあぐらをかいて座り、アコースティックギター1本の弾き語りスタイルで歌い始めたんです。それはまさに、ストリートミュージシャンスタイルでした。
それから、最終審査は、参加者が2曲ずつ歌う予定だったんですが、彼女は2曲歌った後、「どうしても、もう1曲聴いて欲しい」と言って、3曲目を歌ったんです。本当はルール違反でしたが、その場にいた審査員は、すでに、彼女から何か引きつけられるものを感じたんでしょう、彼女だけ3曲目を歌うことを認めたんです」。
後に、制作ディレクターを務める市原さんは、当時のオーディションの様子を、こう語ってくれました。

2004年春、SDオーディションに合格したYUIは、ソニーミュージックグループ内の各レーベルが争奪戦を繰り広げた後、ソニーミュージック・レコーズと契約。その年9月に上京し、レコーディングをスタート。そして、12月に、九州地区限定で、インディーズシングル「It’s happy line」をリリースした後、翌2005年2月に、シングル「feel my soul」で待望のメジャーデビューを果たします。
2005年2月に発売した、YUIの1stシングル「feel my soul」は、フジテレビ系ドラマ『不機嫌なジーン』の主題歌として起用されます。
「SDオーディションに合格した後、夏頃から、デビューに向けて本格的な曲作りが始まり、作ったデモ曲の数は数百曲を超えていました。その中の一曲が、このデビュー曲です。YUIの透明感溢れる声、もがきながらも必死に前を向いて進んでいこうとする姿を描いた歌詞。新人アーティストのデビュー曲が、いわゆる“月9”ドラマの主題歌に起用されるという、異例の扱いで発売されたこの曲は、曲を聴いたファンはもちろん、関係者の中からの数多くの反響が寄せられました」。

「YUIは、中学生時代から始めた日記代わりに詩を書くことを、ずっと続けていました。YUIは、彼女自身の身の回りで起こった出来事や、感じたことをメモにして、折に触れて読み返していたんです。それが、曲作りの中でのヒントにもなっていました。YUI自身が日々の中で感じたことが、歌詞や曲になっていく。YUIの曲は、彼女からのメッセージでもあるんです」。市原さんは、こう語ります。
2005年6月に松竹映画『HINOKIO』の主題歌として起用された、2ndシングル「Tomorrow’s way」をリリース。さらに8月には、デビューわずか半年で、野外ロックフェスティバル「ROCK IN JAPAN FES.2005」に出演するなど、YUIは、まわりの期待に後押しされる形で、シンガーソングライターとしての道を一歩づつ歩んでいきます。そして、翌2006年1月、女性シンガーソングライターYUIの存在感を多くのファンに知らしめることになる、4枚目のシングル「TOKYO」がリリースされます。

2006年1月に発売した、4枚目のシングル「TOKYO」は、YUI自身が、デビュー直前に福岡から東京へ上京する際の気持ちを綴った歌で、彼女自身がDJを務めていたFMラジオ番組『YUIのGirl’s Fight!』で、デモ音源を流したり、ライブで、彼女がアコースティックギター1本でこの曲を演奏したりしていた曲でした。そして、この曲を聴いた、ファンの間から、「この曲を発売してほしい」というリクエストが、レコード会社に殺到したことでリリースされものでした。
YUIの歌が、少しづつ、しかし、確実に多くのファンの下に届いている実感をスタッフが感じる中、2月には、1stアルバム『FROM ME TO YOU』をリリース。そして、次のシングルとして、彼女自身が主演した映画の主題歌が発売されることになります。
「もともとこの映画にYUIが主演する話は、彼女がデビューした2005年に決まっていたもので、主人公が女性シンガーソングライターということで、YUIに白羽の矢が立ったんです。演技の経験など全くなかったYUIでしたが、新しいことにチャレンジしてみたい、という前向きな彼女の気持ちで、女優業にもチャレンジすることになったんです。それで、映画撮影と並行して、曲作りも始まりました」。
「テレビドラマや、映画の主題歌を作る時は、普通台本を読んで、曲のイメージを膨らませながら作っていくパターンが多いのですが、この曲は映画の撮影が進んでいく中で、彼女自身、シンガーソングライターとしてのYUIと、映画の主人公雨音薫をシンクロさせながら、彼女が直接感じたことを、何度も何度も書き直しながら歌詞に綴って、曲を完成させていったものです」。市原さんは、こう語ってくれました。

不治の病に侵され、余命いくばくもない一人の少女が、恋した男性のために、自分が生きた証を曲に込めていくという映画『タイヨウのうた』。
「映画が公開された当初は上映される映画館の数も少なかったのですが、この曲が発売され、ヒットすると同時に映画も話題を呼び、急遽、上映する映画館を増やしたんです。その反響に、映画配給会社も驚いていました」。

こうして2006年6月、映画『タイヨウのうた』の主題歌、YUI for 雨音薫のシングル「Good-bye days」は発売されたのでした。

2006年6月に発売された、YUI for雨音薫のシングル「Good-bye days」。
「YUIの音楽的な観点から見た場合、彼女は常にどの曲であっても全力投球で作って、歌っているので、この曲だけが特別な曲という訳ではありません。ただ、映画『タイヨウのうた』が、この曲とともにヒットしたのは、この曲が持っているストレートなメッセージ性が、曲を聴いた人に伝わったからではないでしょうか」。最後に、市原さんはこう答えてくれました。

演じることと、歌うことが見事にシンクロした、J-POPの名曲が生まれた瞬間でした。

今日OAした曲目
M1.コンプリケイテッド/アヴリル・ラヴィーン
M2.feel my soul/YUI
M3.TOKYO/YUI
M4.Good-bye days/YUI for 雨音薫